町の小さな展示室
私たちの働く美術館には建物がない。あるのは長さ4キロの砂浜。
この地で生まれ育ったものにとっては、それはあまりにも見慣れた「日常の風景」そのものです。
では、美術館の仕事ってなんだろう?

一般的には、用意された空間に作品を並べ、来館者に楽しんでもらうことかもしれません。展示作業や空間づくり、作品の選定。それらも大切な仕事ですが、私たちの美術館には、世の中の多くの美術館には存在しない、少し変わった部署があります。それはアートを楽しんでもらう前段、自分たちで作品を作り出す、映像制作という仕事です。
作品ナンバー【5】住民ディレクター
就業場所の入り口に一枚のパネルが掲げられています。

そこには、こんな言葉が添えられています。「私たちの町の大切なもの。例えば見慣れている風景や人々の活動は、この町の掛け替えのない作品。住民ディレクターは町のそんな作品を撮影する」
建物のない美術館。当然壁も天井も床もない。さらに言えば敷地の境界線もない。だとすれば私たちが作品として紹介するものは砂浜にあるものに留まらないのではないか。目の前の海をおよぐクジラ。砂浜と並行して広がる松原。そして目には見えないが、この地で自然の恵みを享受しながら暮らしてきた文化や日々の暮らし。それらすべてが美術館の作品といえます。
この町そのものが、絶え間なく変わり続ける展示室なのだとしたら。その中に身を置き、そして記録し、誰かに届く「作品」へと変換する。それが「住民ディレクター」であり、美術館としては稀有な業務のひとつなのです。
IT’S WONDERFUL KUROSHIO TOWN
人口1万人にみたない小さなこの町にはテレビ局が存在します。局名は先の頭文字をとって「IWKTV」地域密着型のローカル局です。四季を通して町の出来事や魅力を番組として放送しています。現在この局の番組制作は砂浜美術館が手掛けており、私たちにとっては日々多くの作品を見ていただける世界一小さな展示スペースなのです。

この展示スペースは今もなお国内外の大手企業が開発を進めているもので、物理的スペースは小さいが、ご飯粒から町・地球といった巨大なものまで、あらゆる作品を展示できるスペースです。さらには自宅にいながら砂浜美術館の作品を鑑賞することができる、人にも地球にもやさしい画期的なシステムでもあります。
作品ナンバー【5】は、なぜ「住民ディレクター」という名詞なのか?私たちは24時間365日美術館の作品を作り続ける「作り手」だからです。作品である映像(動画)を構成しているものは何か考えてみましょう。
大きく分けると2つ「映と音」。局に新しいスタッフが入ってくるとよく聞かれることがあります。「どうすればよい映像が作れますか?」「どんなモノがいい映像ですか?」。そう質問されると決まって「見ている人が匂いを感じる作品」「匂いを伝える感じで作ってみれば」と答えます。それは、単なる記録者ではなく、美術館の「展示作品の作家」であってほしいという願いからなのです。新人であれベテランであれ自分の好きなものを作る時は必ず、作品に作り手と土地の匂いがのってきます。そして、カメラを手に町中を走り回り、作品作りを楽しむ姿はとても輝いています。作品ナンバー【5】。それはきっと、私たちは作品の「作り手」であると同時に、「作品そのもの」でもあるというメッセージだと思うのです。
世界一大きな美術館
最後に、砂浜美術館という「世界一大きな美術館」の映像制作部署だからこそ作れる作品があり、この町の美しさや世界中の普遍的な輝きを映像という作品として伝える事ができるのです。
建物のない美術館。すべては私たちの頭の中の「美術館」から始まっているのです。


