「私たちの町には大学がありません。町そのものがキャンパスです」砂浜美術館の大学をつくりたいと思い始めたきっかけは何だっただろう。理由はいくつかある。まず、砂浜美術館では町内の保育園から高校まで、授業を通じて何らかのつながりがある。
例えば、自分たちの町のこと、そして世界のことを考える、【Tシャツアート展国際教育プログラム】※1の授業は、黒潮町オリジナルの教育プログラムとして、今年13年目を迎える。流れ着いた漂流物をテーマに空想した物語を募集する漂流紀行文学賞では、町の小中学生が小さな文学作品を応募してくれている。中学校ではホエールウォッチング、高校では防災教育を通じてつながりがある。もし近くに大学があれば、さらに内容を深めた授業プログラムができるのではないかと思っていた。
2つ目は、この黒潮町が大学のフィールドワークの「バ」として多く活用されていることだ。訪れる学部も様々である。ちなみに、2024年5月開催の第36回Tシャツアート展会場では、縁あって黒潮町と大阪経済大学が連携協定を結んだ。青空のもと行われた締結式では、町長と学長がTシャツに署名し、黒潮キャンパスがうまれた。砂浜美術館の大学は、町全体をキャンパスに見立て、地域のあしもとにあるモノに意義と主体性を持たせることで、町全体を教育コンテンツとして見出すことができ、全国(世界も)のいろいろな大学が訪れる大学になれる可能性がある。それだけ、ここには興味深い素材がたくさんあるということだろう。
3つ目は、ここにはマイナスをもプラスにするエネルギーがあること。何もないと思っていた砂浜が、考え方をもった「美術館」になったように、「34m」の津波高が想定された時もあきらめることなく、防災に対しての思想と行動をまちの防災文化として育ててきた。当初は「34m」がこの町を訪れない理由になっていたが、今では「人と自然のつきあい方を考える」防災ツーリズムとして、この町を訪れる理由になった。そして11月3日文化の日に開催する、イスに座って海を見る日は今年4回目を迎えた。人の移動や集まることが制限されたコロナ禍の2021年に初めて実施した後、スタッフが企画した砂浜の町長室(2023年のひらひらタイムスで紹介)。当時の町長が実際にここで公務を行った。そして次は、砂浜に環境大臣室をつくりたいとスタッフが企画すると、2024年5月のTシャツアート展会場でそれが実現した。実はその前段に「次は国連事務総長室をつくろう!」という話になった。さすがに現実的に難しいかなと思ってしまったが、日本にある国連大学の大学長にアプローチすることは可能性があるかもしれないと思い直した。砂浜美術館は建物がないゼロエミッションの美術館。人間活動によって発生し、環境に負荷を与える廃棄物や排出をできる限りゼロに近づけようというゼロエミッションの考え方は、国連大学により提唱されたからだ。
そうだ!砂浜美術館の40周年(2029年)念イベントでは、国連大学長と砂浜美術館の大学長が、砂浜でイスに座って対談する。これが、「砂浜美術館の大学」のオープニングイベントだ。1989年、砂浜美術館の砂浜での開館式は、ニタリクジラ館長のあいさつで始まったのだから。じゃあ、大学長は誰?もちろん、砂浜美術館の館長のクジラである。完全な空想だが、建物のない美術館がそもそも空想だから、できるのではないかと思えてきた。
そのためには、まずは2つのことを進めていかなくてはいけない。1つ目は国連とのつながりをつくることだ。国連本部はジュネーブにあるので、ジュネーブで開催される国際会議のバで砂浜美術館の話をする機会がつくれれば、国連大学長にオファーできる接点があるかもしれない。そのプロジェクトを『ジュネーブへの道』と名づけよう。2つ目は砂浜美術館の大学で学ぶことができるコンテンツづくり。この数年、講演に来てくださる方や、Tシャツアート展の審査員の方などに、インタビュー映像の撮影を依頼し、そのテーマについて深掘りするカンガエルバをつくってきた。テーマは多岐にわたる。例えば、砂浜美術館の常設作品である「クジラ」と「松原」。クジラからは、「クジラのうんこプロジェクト」がうまれ、ニタリクジラだと思っていた砂浜美術館の館長は、実は「カツオクジラ」であることがわかった。松原では、「つなごう未来へ、松原と日本の風景」をテーマにした映像プロジェクトにより、全国の松原で活動する人との新しいつながりがうまれつつある。こうした動きを、現在は【砂浜美術館アカデミー】として展開している。
外【ジュネーブへの道】と、内【砂浜美術館アカデミー】のベクトルを深めていく先に、建物のない砂浜美術館の大学構想がカタチになり、そのオープニングは、国連大学長と砂浜美術館の大学のカツオクジラ大学長の砂浜での対談ではじまることを空想して、砂美40周年に向けて頑張ろうと思う。
(※1)Tシャツアート展国際教育プログラム:デザイン制作からTシャツアート展会期中のすなはま授業、海外での展示までの一連の流れをプログラム化し、黒潮町の全7校の小学4年生は毎年国際教育としてTシャツアート展に参加している。
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理事長 村上 健太郎
2002年より勤務。神奈川県海老名市出身。
2002年にボランティアとして潮風のキルト展に参加した後、翌月に高知県黒潮町へ移住。
以来20年以上、NPO砂浜美術館を牽引。