みんなで海を見るだけのなんともないイベントです。
2021年から砂浜美術館では「イスに座って海を見る日」というイベントを開催している。
【海を見るのにステキなイスをもって砂浜美術館にお集まりください。どんなイスが集まるか?みんなで海を見るだけのなんともないイベントです。】
こんなコンセプトと呼びかけで開催した、一般的にはいわゆる“ユニーク”なイベントである。まだまだ知られていないイベントであり、これから続けるかもわからない未知数な「イスに座って海を見る日」。正直なところ、やると言ったもののどれくらいの人が来るのかという不安もあった。多くの人を呼べるわけでもなく、たくさんのお金が動くわけでもない。つまり“観光産業”という括りでは、予算をつけるのが難しい企画でもある。
しかしながら当初から数の論理で勝負するつもりはなく、負け惜しみに聞こえるかもしれないが、「海を見るだけのなんともないイベント」に共感する人がいることを信じて開催した。フタを開けてみると50組約100名の方が、イスを持って砂浜にやって来た。そして何もない砂浜を楽しんでいた。
ここで少し“観光”という言葉を考えてみたいと思う。この言葉が持つ意味は、【他の土地を観察すること。また、その風景などを見物すること。】
観光は楽しいものだ。もちろん。英語で“sightseeing”、響きも良い。
しかしながら、最近の世の中では少し意味合いが違っていないだろうか。
一般的に町の観光産業の指標を数字で表すことは習知の事実。どこに何人来て、どれだけお金が使われたか。これらが問われるのがいわゆる観光産業だ。
「本当の意味での観光ってなんだろう?」
『こうやって座って海を見ているだけで最高の観光だと思うんですよ。』
これはひらひらフレンドシップとして「風にころがるTシャツ展」を茨城県大洗町で開催する主催者栗原氏の言葉である。2019年から今年で4回目を迎え、5月末の「風にころがるTシャツ展4」開催時に、会場で砂浜や岩場に座って海を見ている人が目につき栗原氏と話していた時のことである。この一言を聞いた時、これが砂浜美術館と「イスに座って海を見る日」の意義のひとつではないかと感じた。
砂浜や岩場で海を眺めている人の数はカウントされているはずもなく、もちろんお金もその場ではほとんど動いていない。(町単位で見ればそこ以外の場所でカウントされているかもしれないが)しかしながら、好きでそこに座って海を見ている人は、【他の土地を観察すること。また、その風景などを見物すること。】この意味を間違いなく楽しんでいる。砂浜美術館の永遠のテーマ“人と自然のつきあい方”はその言葉だけ読むと、環境問題へのメッセージと受け取られがちだが、それだけではない。観光においても、もちろん活かすことができる。
砂浜美術館のコンセプトの一文にこんなフレーズがある。【大切なのは、ここに住み、ここが好きだと言えること。】私見ではあるが、これはどんなキャッチフレーズより強いメッセージではないかと思う。その土地に寄り添い、文化を理解した上で楽しむ。そしてその輪が広がることによって、本当の意味での観光というものが実現されるのではないだろうか。
栗原氏は『イスの企画もとてもいいなと思った。』と言ってくれた。Tシャツアート展を通じてできた栗原氏との関係だが、イスの企画でも同じように共感できたことは、考え方を伝えるイベント「シーサイドギャラリー」にしっかりと砂浜美術館の考え方を乗せることが出来たからだと思う。これはシーサイドギャラリーを運営する私たちにとってこれ以上ない嬉しい出来事のひとつである。
「町長室はコチラです。」
これらのことを踏まえた上で、砂浜美術館の取り組みというのは、町づくりにも直結していると私たちは考えている。2022年に「イスに座って海を見る日②」を開催し、特別企画として「町長室はコチラです。」という現職の町長が砂浜で公務するという企画を実施した。ことの始まりは1年前に町長のイスを砂浜に持ってきてみようという遊び心からである。前年は実現しなかった企画だったが、今年もチャレンジしてみようということになり、ついには町長室を作るまでの企画となった。手法は別でも掲載している「すなはま教室」と同じやり方である。こちらの企画も町長室がそこにあること、そして実際に町長が公務しているところが面白いわけだが、なぜそんなことをするのか。そんな疑問は普通に考えたら出てくるのではないだろうか。そのワケは「こんなことができる町って良くない?」これだけ。バカバカしくて、普通に考えたら不可能かもしれないことが、意外と面白かったりするのではないかと私たちは考えている。誤解のないように説明しておくと、面白さだけを求めている訳ではない。町にはもちろんシビアな課題もある。今地方が抱える課題は、当事者だけで解決できないものもたくさんあるように思う。そこで課題解決に必要になってくるものが、人とお金、そして知恵。
その町にはどんなが魅力があり、そしてどんな意志を持って何に取り組んでいるか。そこが見えることによって、人もお金も集まってくるだろう。意志がなければ人もお金も集まらない。もちろんこれは砂浜美術館にとっても同じことが言える。
「こんなことができる町って良くない?」この言葉を砂浜美術館として表現するにあたり大切にしたことは「建物はないが考え方がある」というところである。
現役の町長が砂浜で公務するなんてバカげた話かもしれないが、そんなことができる町は他にはないのでは?(あるかもしれなけど)やってみよう。というかイメージができてしまったので、あとはカタチにしていくだけだった。もちろんやったことのない難しさもあったが、そこはもうこんな感じで進むだけ。
『やってみなはれ。やらなわからしまへんで。』
これはサントリーグループ創業者・鳥井信治郎(1879~1962年)の言葉。
昔、砂浜美術館立ち上げの際も当時の町長が同じようなことを言ったことは少し有名な話。(砂浜美術館ノートⅠその日~そもそものきっかけ・39日間の物語)
そして、今回この企画に賛同し、協力してくれた松本町長こそが、34年前の砂浜美術館立ち上げの中心メンバーであり、当時の坂本町長に「何もしなければ、何も変わらん。失敗してもいいから、とにかくやってみろ」と言われた本人である。今回このような企画に町長という立場でありながら、おもしろがってくれた松本町長には感謝しかない。
イスに座って海を見る日②では、町長室以外に砂浜にカフェも作った。今さらだが、建物のない美術館だったから、こうやって考えたことをカタチにできる。34年前に建物を作らないという手段を選んだ面々には本当に頭が上がらない。
昔、砂浜しかないと言われた町のマイナス要素を逆手に取り、価値あるものとして表現し、多くの人を魅了することこそが砂浜美術館の魅力のひとつである。一人一人聞いたことはないが、今働いている職員も同じようにそこに魅了されたはずだ。
私たちはまだまだ白いページばかりの説明書【砂浜の使い方】を持っているようなものだ。あとは松本町長がよく口にする「知恵こそは無限の資源なり」。私たちはこれからも砂浜で新しい作品を創り、届けたいと思う。
最後に、今回イスに座って海を見る日②に来場した方の中には、朝から夕方まで思い想いの過ごし方を楽しむ方がいた。
このイベントにはイスを持ってくるというひと手間があるわけだが、そのひと手間で普段できない砂浜でのひとときを獲得できることをお伝えしておこう。
【『HIRAHIRA TIMES 2023』(非売品)より】
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塩崎 草太(しおざき そうた)
兵庫県生まれ。地域おこし協力隊で5年前に黒潮町へ移住。その後砂美スタッフ。
砂浜美術館観光部でTシャツアート展などのイベント(シーサイドギャラリー)を担当。