すなびのカタチ:くじらのうんこ

「クジラのうんこプロジェクト」発足から約2年が過ぎようとした2024年6月22日。これまで「ニタリクジラ」という名で慣れ親しまれた館長が実は「カツオクジラ」だった!という驚きの研究結果が「うんこ」から解明された。館長本人はこの発見をどう思っているのだろう。「やっと気づいたか」……

現在、大方ホエールウォッチングではお客さんと一緒にクジラを探すだけでなく、クジラの「うんこ」も探している。ツアー中、目の前でクジラから落とされていくうんこ。今までは「これはクジラのうんこです。」とだけ紹介していたが、プロジェクト発足後はお客さんも一緒になってうんこを海からすくいあげている。みんなですくったクジラのうんこは、今や鯨類調査においてとても重要なサンプルとなっている。下船後はすぐにうんこを冷凍し、国立科学博物館に郵送。その後研究者によって解析される。

2022年のうんこ初GET以来、サンプル数を年々増やし解析を進めた。そして2024年6月22日、日本セトロジー研究会第34回(黒潮町)大会の特別講演で「ニタリクジラ? それともカツオクジラ?」についてクジラのうんこプロジェクトの成果が発表された。150名を超える参加者の前で、土佐湾を優雅に泳いでいたクジラが、その形態や、DNAからはっきりと「カツオクジラ」であることが証明された。同時に、砂浜美術館の館長の名前が変わる歴史的瞬間となった。館長が〝カツオクジラ〞という名前になってからは「呼び方が慣れんね〜。今までニタリ館長だったのにカツオ館長って魚みたい。」という会話が町内では起こっている。こんな会話があること自体おもしろいが、これからは、きちんとフルネーム「カツオクジラ館長」とお呼びすべきだろう。もしくは、学名B.edeniから〝エデニー館長〞と学者のような名前で呼ぶのもいいかもしれない。

クジラのうんこプロジェクトでは今まで関わったことのない研究者と出会う機会が増えた。そこで感じたことは、鯨類好きでもそれぞれ見ている視点が違うということだ。クジラやイルカを見て、可愛いな、かっこいいな、と思う人はたくさんいるはずだ。しかし、今回出会った人たちは、何らかの理由で死んでしまい、海岸に漂着した鯨類の胃の内容物、寄生虫、筋組織などクジラの内側を見ている人たちだった。鯨類は人間と同じ哺乳類だが、泳ぐことが苦手な人間にとって、海に暮らす鯨類を調べることはとても困難なことである。しかし何らかの理由で漂着した時、はじめて私たち人間の手の届く場所へ彼らの方から来てくれる。これを鯨類からのメッセージとして受けとめ、死因などを調べる鯨類調査は海の環境問題や、医学の発展に繋がる重要なことである。しかし、鯨類調査では簡単に結果が出ることは少ない。クジラのうんこ、海洋環境、プランクトン、クジラの動き、クジラが生活する海の餌生物など、クジラに関わるさまざまなことを解明して初めて結果が目に見えて分かるものとなる。とてつもなく長い道のりに感じるが、本プロジェクトの協力者はクジラのことが大好きなマニアばかりで、研究者、漁師、ガイド、建設業など多様な人たちが関わっている。大方ホエールウォッチングではこの仲間たちと共に、もっと鯨類のこと、そして館長のことを理解していきたいと思う。砂浜美術館のコンセプトに「大切なのは、ここに住み、ここが好きだ、と言えること。」という一文がある。これはおそらく〝町の人〞をイメージしたフレーズだっただろう。これは生き物にも、我らが館長にも言えることだ。カツオクジラはほぼ一年中土佐湾に住んでいると言われ、館長がこの海が〝好きだ〞と言っているようにも思える。土佐湾の環境はおそらくホエールウォッチングが始まった1989年以来どんどん変化しているだろう。館長の泳ぐ海域も当時から比べるとずいぶん遠くなった。それでも館長がここに暮らし続ける理由を知りたい。

興味深い話をもう一つ、クジラが生態系の中で果たす重要な役割として「ホエールポンプ」がある。これは、クジラが泳ぎまわり、海中で餌を摂取し、栄養を吸収した後に排出する糞や尿によって、海洋中の栄養物の循環を促進する現象を指す。呼吸のたびに海面に浮上し、再び潜るという海中での縦の動きが生態系全体の豊かさに貢献しているとも言われている。こういった調査は漁業や、海の環境問題にも繋がってくる。

2014年には気候変動の解決法として、クジラの生息数を回復させれば温室効果ガスと地球温暖化の抑制につながる可能性があるという報告もある。過去の平均に比べて絶滅の速度が千倍以上とされている今、クジラの生息数を守ることは、なによりの気候変動対策なのかもしれない。ここまでさまざまな事例と思いを書いてきたが、カツオクジラ館長のことをもっと知りたい!逢いたい!というのが正直な気持ちである。日本ではここ土佐湾でしか逢いに行けないカツオクジラは、地元高知の人たちにもっと親しまれて良いと思う。実は県内にたくさんあるクジラのイラストやモニュメントのほとんどがカツオクジラではなく、ザトウクジラだ。最近はさまざまなジャンルで「推し活」が広がっているが、私も推し活をしている一人だ。もちろん推しは「カツオクジラ」。ホエールウォッチングを通じて同じ推し活をする仲間と出会うことも楽しみのひとつである。

クジラのうんこプロジェクト

子どもから大人まで、真面目にうんこを待ち望み、協力してすくい上げ、プロフェッショナルに託して解析を行います。クジラのうんこには、未知なる情報がたくさん!解析結果によっては大発見があるかもしれないロマンあふれるプロジェクトです。

【『HIRAHIRA TIMES 2025』(非売品)より】

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≪筆者≫
大迫 綾美(おおさこ あやみ)

広島県出身。鯨類の勉強ができる専門学校卒業後、2014年よりNPO砂浜美術館へホエールウォッチングの担当として勤務。大方ホエールウォッチングでは、受け付け、ウォッチングガイド、出前授業、イベント企画、会計に至るまで、何でもこなすオールラウンドプレイヤー。日本クジライルカウォッチング協議会の事務局も務めている。