ワタシが館長です。
砂浜美術館の館長は黒潮町沖に暮らすニタリクジラ務めています。クジラが館長?
どういうことかというと、1990(平成2)年4月1日に砂浜美術館の開館式が執り行われたわけだが、建物がない美術館の式典を前にみなが気づいた。「あ、館長がおらん。」となると、砂浜を美術館に見立てた発想で「館長は沖を泳ぐクジラ」となる。これには「人と自然のつきあい方」という永遠のテーマと、「クジラを漁の対象としなかった黒潮町(旧大方町)ではクジラはじゃま者でした」という町の歴史がくっついてくる。これこそがこの町の哲学だと言える。
クジラに逢えるまち
黒潮町沖にはニタリクジラが一年中住んでおり、クジラに逢える町として、全国有数のホエールウォッチングポイントである。ホエールウォッチングは1989年から新しい漁業として始まり成長を続けてきた。少し昔の話ではあるが1994年に黒潮町で「~漁師が呼びかける~国際ホエールウォッチング会議」が開催された。そしてこの会議の報告書に興味深いことが書いてあった。
「将来のホエールウォッチングには、保護と教育と研究という要素を入れるべきだと思います。」(グレゴリーストーン・海棲哺乳類研究科)
ホエールウォッチングというとクジラを見て楽しむという観光の目的が強いように思うが、ストーン氏は『保護と教育と研究』を盛り込むべきと言っている。保護はなんとなくわかりやすいが、教育と研究はその対象となるクジラや海にはまだまだ分からないことが多くあり、研究を進める必要性と、海のことを学ぶ要素として非常に重要なコンテンツということだ。今でいうSDGsにおいて、人間が一番苦手とする自然界、生態系関連の部分にあたる。これまでもクジラや海のことを知るために様々な方法で研究がされてきた。しかしクジラとは直接会話ができない。だからこそ人間が相手をよく知る必要があるということだ。そしてクジラを調べていくと海の状態が健全であるかどうかよくわかってくる。ホエールウォッチングは海の保護や知識についての情報と、人々を結びつけるよい機会であるということだ。これはひらひらフレンドシップで紹介した栗原氏の「釣りとTシャツ展が、自然と人間が接触する部分として同じこと」と根底的には同じであることが分かる。
大方ホエールウォッチングでは2023年から「クジラのうんこプロジェクト」が始まった。クジラの調査においてストランディング調査という砂浜に漂流してきたクジラを調査する方法がある。こちらは泳ぐのが苦手な人間のためにクジラに方から来てくれるパターン。それに対してうんこプロジェクトはホエールウォッチング乗船中に生きているクジラの排せつ物を取りに行くパターンとなる。クジラを楽しみながら調査もできるという、ある種一石二鳥の調査方法である。クジラのうんこからは彼らの健康状態や海洋環境など様々なことが分かる。そもそもクジラのうんこのかたちは?くさい?採取したうんこは、冷凍でその日のうちに国立科学博物館へ送り、解析をお願いしている。余談ではあるが、郵送する際、伝票(品名)に「うんこ」とはさすがに担当スタッフも書けなかった。
「見る」から「知る」ホエールウォッチングへ
プロジェクト名がなかなかのパワーワードなおかげで乗船するお客さまも面白がってくれている。大方ホエールウォッチングは本プロジェクトをスタートしたことでクジラを見るだけで終わらない探求心のあるツアーとなった。
そして2024年6月22日、23日には砂浜美術館の主管で日本セトロジー研究会(*1)(略称:セト研)第34回黒潮町大会が開催される。セト研では生物学・古生物学・水産学などの自然科学はもちろんのこと、歴史学・考古学・民族学(文化人類学)などの人文・社会科学の研究者を含み、専門家から一般愛好者まで各界にわたる人たちを交えて公開特別講演、情報交換会、研究発表が行われる。
来年は黒潮町でホエールウォッチングが始まって36年目となる。長年の技術と知識、そして新たに研究を進め教育にも活かしていきたい。そして自然とうまくつきあい、館長と呼ぶことで親しみと敬意を込め、クジラと共に暮らす海の恵みあふれる黒潮町であり続けたいと考えている。
●註
*1 日本セトロジー研究会
おもに鯨類やその他の海棲哺乳類について、研究・普及・情報収集のためのネットワークをつくり、会員相互の交流と親睦を深める活動を展開している。
日時:2024/6/22(土)、23(日) |
【『HIRAHIRA TIMES 2024』(非売品)より】
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塩崎 草太(しおざき そうた)
兵庫県生まれ。地域おこし協力隊で5年前に黒潮町へ移住。その後砂美スタッフ。
砂浜美術館観光部でTシャツアート展などのイベント(シーサイドギャラリー)を担当。